Plant-based Body | Lev Plant
はじめに
前の記事で「ゲームチェンジャー」を検証した。そこで私は、トップアスリートたちはなぜ菜食を選ぶのか、もう少し掘り下げてみたくなった。調べていくと、そこにはパフォーマンスだけではない興味深い理由があることがわかった。
→ 関連記事:スポーツパフォーマンスと菜食、映画ゲームチャンジャ―は本当か?査読論文で検証する
01|ジョコビッチ選手は、なぜ菜食を選んだのか
(要約)きっかけは、体の不調だった。 グルテン不耐性と乳製品への過敏性が判明し、グルテン・乳製品・精製糖をやめて植物性中心の食事に切り替えたところ、長年悩まされていた不調が消えた。 パフォーマンスへの影響についても、本人は語っている。「肉の消化にエネルギーを使っていた。それが集中力・回復・次の試合に必要なエネルギーを奪っていた」(2022年インタビュー)。インタビューでは「植物性の食事が回復力向上の理由の一つ」と語り、2024年パリ五輪でも菜食を維持したまま金メダルを獲得している。 そして彼は、食を見直す過程で、動物や農業の現実を知るようになったとも伝えられている。「食事を変えることで、動物の世界で起きていることを意識するようになった。これは私にとってパフォーマンス以上のもの、ライフスタイルだ」(2020年インタビュー)という言葉も残している。 パフォーマンス向上のために食と向き合い、そして命とも向き合うようになった。パフォーマンス向上のためだけではなく、倫理観も併せ持つ選択。それが彼の言葉に重みを感じさせる理由かもしれない。
コラム①:なぜ菜食で回復が早くなるのか
運動すると筋肉に炎症が起きる。この炎症を早く抑えられるかどうかが、回復速度を左右する。
植物性食品には、抗酸化物質とファイトケミカルが豊富に含まれている。抗酸化物質とは、運動などによって体内で増える「活性酸素」を無害化する成分のこと。活性酸素は炎症を悪化させる原因の一つで、ビタミンC・ビタミンE・ポリフェノールなどがその働きを担っている。ファイトケミカルは植物が自らを守るために作り出す天然の化合物で、免疫系に働きかけて炎症反応を調整する作用がある。ブルーベリーのアントシアニン、緑茶のカテキン、ターメリックのクルクミンなどが代表例だ。
菜食と炎症の関係については研究が蓄積されている。2026年にウォーリック大学のBell氏らが発表したRCT(無作為化比較試験)7本・541人を対象としたメタ解析では、菜食パターン(ヴィーガン・菜食・ホールフード菜食を含む)はそうでない食事と比較してCRP(C反応性たんぱく質:全身の炎症を示す指標)を平均1.13 mg/L有意に低下させることが示された [1]。また2020年のScientific Reportsに掲載されたメタ解析(21研究)でも、ヴィーガン食は雑食と比べてCRPが平均0.54 mg/L低いことが報告されている [2]。
一方、赤肉や加工肉については、18本の臨床試験・1,152人を対象としたメタ解析(まとめ分析)では、赤肉摂取量が多いほどCRPが有意に上昇することが示されている(加重平均差0.23)。ただしこの効果は、心代謝疾患のある人でより顕著であり、健常者でのデータは結果が混在しているため、すべての人に同じことが起きるとは言えない [3]。また、腸内細菌が動物性たんぱく質を分解する過程で生じる物質が、腸内環境を乱し全身の炎症レベルに影響を与える可能性も研究で議論されている [4]。
ただし、個人差はつきもので、栄養設計をしっかりすることが前提であることも忘れてはいけない。
02|きっかけは人それぞれ
菜食を選んだアスリートたちの理由は、一つではない。病気がきっかけの人もいれば、環境や倫理から始めた人もいる。
〈ヴィーナス・ウィリアムズ選手(テニス)〉 2011年、シェーグレン症候群(自己免疫疾患の一つで、全身の乾燥症状・関節痛・慢性疲労を引き起こす)の診断を受けた。キャリアの危機に立たされたとき、食事を見直すなかで植物性中心の食事に切り替えた。症状が改善し、競技を続けることができた。薬に頼らずに体の炎症をコントロールできるようになったと語り、現在も菜食を続け、以前より回復が早くなったと話している。病気がきっかけで、パフォーマンスを取り戻した例だ。
〈ルイス・ハミルトン選手(F1)〉 2017年、食と動物農業を扱ったドキュメンタリー(What The Health)を見て菜食に切り替えた。最初の動機は環境問題と動物愛護だった。切り替えから4週間後、「エネルギーが上がり、生産性が高まり、目覚めがよく、体が軽く、回復が早く、睡眠も改善した」と語っている。2017〜2020年には4連続F1世界チャンピオンを獲得し、菜食への切り替えを成功の大きな要因として挙げている。倫理的な理由から始めた選択が、パフォーマンスにも明確な変化をもたらした例だ。
〈カイリー・アービング選手(NBA)〉 2017年に植物性中心の食事に切り替えた。切り替え後、守備力が大幅に向上し、チームをリーグベストの成績へ導いた。エネルギーが上がり、体の状態が劇的に改善したと語っている。当時のコーチ、ブラッド・スティーブンス氏も「一年中エネルギーが高い」とコメントしている。睡眠パターンも変わり、意識や集中力も以前とは違うと話す。以前は試合間隔が短いとパフォーマンスが落ちていたが、菜食切り替え後は連戦時の回復力が向上したと強調している。
コラム②:エネルギーが上がる理由と、気をつけたいこと
菜食は飽和脂肪酸(肉や乳製品に多く含まれる脂肪の一種で、摂りすぎると血液中のコレステロール値が上がり血管が詰まりやすくなる)が少なく、血流が改善しやすい。持久系アスリートを対象としたレビュー研究では、菜食は血液粘度を下げ、血管の柔軟性と内皮機能(血管の内側を覆う細胞の働き)を改善することで、組織への酸素供給を高める可能性があると指摘されている [5]。ハミルトン選手やアービング選手が語る「エネルギーが上がった」という感覚は、こうした仕組みと関係している可能性がある。
ただし、注意点もある。ビタミンB12・鉄・亜鉛・オメガ3は不足しやすい栄養素だ。体質や食生活からの変化幅によって、効果の出方は大きく異なる。菜食に切り替える際は、これらの栄養素を意識した食事設計が欠かせない。
03|あまり語られない理由①:薬に頼らない体づくりとドーピングリスクの低減
アスリートは、怪我や病気のときに使える薬が非常に限られている。WADA(世界アンチ・ドーピング機関)の禁止リストには、ステロイド系・一部の鎮痛剤・喘息治療薬なども含まれており、使用する場合はTUE(治療使用特例)の申請が必要だ。 だからこそ、薬に頼らずに炎症を抑え回復を早める手段として、食事の役割が重要になる。
そして、もう一つの問題がある。意図しないドーピングの主な原因の一つが、動物性食品だ。家畜に使われた成長促進剤が肉に残留し、それを食べたアスリートの検査で検出されるケースが報告されている。その代表的な物質がクレンブテロールだ。本来は喘息治療薬だが、家畜の筋肉を増やし脂肪を減らす効果があるため、一部の国で違法に飼料へ混ぜて使われている。WADAは公式声明の中で、中国・メキシコ・グアテマラなどで肉由来の汚染事例が1,000件以上確認されていると明らかにしており [6]、2011年のFIFAメキシコU17大会では208人中109人の尿検体でクレンブテロールが検出された [7]。
「知らなかった」では済まされない。食品による汚染であると証明されない限りは免責にならない。食べた物によって引き起こされる結果は(基本的に)自己責任となってしまうことは、健康リスクと同じだ。 植物性食品への切り替えは、「薬に頼らない体づくり」と「食品由来のドーピングリスク低減」という二つの意味で、アスリートにとって合理的な選択といえる。
04|あまり語られない理由②:食べ物に残留するホルモン剤と抗生物質
これはアスリートに限らず、肉を食べる人全員に関わる話だ。 アメリカ・オーストラリアなど主要な牛肉輸出国では、牛の成長を早めるためのホルモン剤が使われている。これらの残留成分が、肉を通じて体に入る可能性がある。また抗生物質についても、家畜への使用が薬剤耐性菌(AMR)を生み出し、それが食品を通じて人間に伝わるリスクが、WHOを含む国際機関で議論されている。 そして気になるのが、ホルモン剤・抗生物質に対する日本の立ち位置だ。EUは1988年にホルモン剤の使用を全面禁止し、翌年には使用された牛肉の輸入も禁止している。一方、日本は国内での肥育ホルモン剤使用を認めていないが、アメリカ・オーストラリアなど使用を認める国からの輸入肉に対しては、残留基準値内であれば輸入を許可している。規制と輸入基準の間にあるこのギャップは、知っておく価値がある。 この問題については、別の記事で詳しく掘り下げる。
→ 関連記事:「私たちが知らずに食べているもの:ホルモン剤・抗生物質と日本の食の現状」
まとめ:アスリートが菜食を選ぶ理由は、パフォーマンスだけではなかった
調べてみてわかったのは、菜食を選んだアスリートたちの入口は、それぞれ違うということだ。 体の不調に悩んだ人、環境や動物への問題意識を持った人、ドキュメンタリーをきっかけに動いた人もいた。そしてその多くが、菜食に切り替えることで悩みが改善し、パフォーマンスの向上へとつながっている。 炎症を抑え、回復を早め、薬に頼らない体をつくり、意図しないドーピングリスクを減らし、食べ物に残留する物質のリスクを下げる。これだけの理由が重なれば、トップアスリートたちが菜食を選ぶことは、決して不思議ではない。 ただ、効果には個人差があり、栄養設計次第で結果は大きく変わる。私自身、栄養の知識がなかったころ体調を崩した経験がある。健康は良くも悪くも一朝一夕とはならない。時間をかけて続けてきたことが、未来の自分をつくる。だからこそ、正直に、かつ確実に伝えたい。
そしてその先に、もう一つ大事なことがある。パフォーマンスを手にしたアスリートたちが、やがて「パフォーマンスだけじゃない」という場所にたどり着いていることだ。ジョコビッチ選手が「動物の世界で起きていることを意識するようになった、これはライフスタイルだ」と語ったように、ハミルトン選手が動物愛護から食を変えたように、食の選択は身体だけの問題ではない。何を食べるかは、どんな世界を支持するかにつながっている。 菜食が唯一の答えだとは思わない。でも、知った上で選ぶことと、知らないまま選ぶことは、まったく違うと思っている。 この記事が、そのきっかけの1つとなったら嬉しい。
※ このブログは情報提供を目的としており、医学的アドバイスの代替となるものではありません。
参考文献
[1] Bell L, et al. The effect of plant-based dietary patterns on C-reactive protein: A systematic review and meta-analysis of randomised controlled trials. Nutrition, Metabolism and Cardiovascular Diseases. 2026. DOI: 10.1016/j.numecd.2026.104631
[2] Menzel J, et al. Systematic review and meta-analysis of the associations of vegan and vegetarian diets with inflammatory biomarkers. Scientific Reports. 2020;10:19686. DOI: 10.1038/s41598-020-78426-8
[3] Gao X, et al. Red meat intake and its influences on inflammation and immune function biomarkers in human adults: a systematic review and meta-analysis of randomized controlled trials and observational studies. Critical Reviews in Food Science and Nutrition. 2025. DOI: 10.1080/10408398.2025.2584482
[4] Leeming ER, et al. Effect of diet on the gut microbiota: rethinking intervention duration. Nutrients. 2019;11(12):2862.
[5] Barnard ND, et al. Plant-based diets for cardiovascular safety and performance in endurance sports. Nutrients. 2019;11(1):130. DOI: 10.3390/nu11010130
[6] WADA. WADA responds to questions received from New York Times related to clenbuterol cases involving Chinese swimmers. wada-ama.org. 2024.
[7] WADA. WADA Statement on ARD Documentary. wada-ama.org. 2024.
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